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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)7245号 判決

原告 坪川幸弘

原告訴訟代理人弁護士 成毛由和

被告 藤本慌次郎

被告訴訟代理人弁護士 猿谷明

主文

当庁昭和四一年(手ワ)第一、七七八号小切手金請求小切手訴訟の判決を取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

双方の申立および事実上の主張は、後記および請求原因に「本件小切手は昭和四〇年一一月三〇日に呈示されたが支払がなかったので、支払人により、同日小切手にその日付で支払拒絶宣言の記載がなされた。」と補足するほかは、主文記載の小切手訴訟の判決事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

被告訴訟代理人は、右補足部分の事実を認め、抗弁として次のとおり述べた。

一、被告は、原告に対する次の約束手形金債権を有し、これは本訴請求の原告の債権と相殺適状にあるから、本訴において、右両債権を対当額で相殺した。

二、右相殺の反対債権は次のとおりである。

(一)  原告は次の約束手形に裏書した。

金額   三七万九、〇〇〇円

満期   昭和四〇年九月三〇日

支払地  東京都中央区

支払場所 株式会社三井銀行木挽町支店

振出地  東京都港区

振出日  昭和四〇年六月一日

振出人  東和工業株式会社

受取人、第一裏書人(白地式裏書) 日東建設株式会社

第二裏書人(白地式裏書)新日本海工業株式会社

第三裏書人(白地式裏書)原告(古川一郎名義を使用)

第四裏書人(白地式裏書)忻昇工業株式会社

第五裏書人(白地式裏書)石崎力

(二)  右第三裏書は、原告が一旦訴外三井銀行に対してした取立委任裏書の記載を利用して拒絶証書作成義務免除のうえ新たな譲渡裏書をしたものであるが、右裏書に当り、被裏書人欄の既存の記載(取立委任文言と被裏書人の三井銀行)の抹消権を新裏書の被裏書人以後の者に附与し、現在この記載は抹消されて白地式裏書となっているものである。

(三)  被告は右手形の所持人であり、これを満期に支払場所に呈示したが支払がなかった。

(四)  よって被告は原告に対し、右手形金債権を有する。

原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し、次のとおり答えた。

一、被告主張の古川一郎名義の第三裏書があり、取立委任の文言および被裏書人の記載が現在抹消されていることを認め、その余の事実を否認する。

二、右第三裏書が仮りに原告がしたものとしても、右裏書は取立委任裏書であり、右被裏書人欄の記載が抹消されたことによっては右裏書の取立委任裏書たる性質が失われるものではないから、原告に担保義務はない。

三、仮りにそうでないとしても、被裏書人欄の抹消はその裏書全体の抹消とみるべきであるから原告に担保義務はない。

≪証拠関係省略≫

理由

一、請求原因事実のうち、本件小切手に被告の記名、捺印があることは当事者間に争いがない。

被告は、被告の右記名捺印は、被告が支払人たる銀行に対する小切手金受領のしるしとして予めしていたもので小切手譲渡のための裏書ではないと主張し、被告本人尋問の結果によれば被告主張の事実を認めることができるけれども、本件小切手になされた被告の裏書は被裏書人の指定および裏書の本文のいずれも記載のない単なる記名捺印によってなされた略式裏書であるから、このような事情を知って取得した小切手所持人に対しては格別知らないで小切手を取得した第三者に対しては、受取証の趣旨でなされた裏書であることを対抗して裏書による担保責任を免れることはできないというべきである。

したがって原告が右の事情を知って本件小切手を取得したことの主張、立証のない本件においては結局被告は本件小切手により裏書人として担保責任を負わなければならないことはもとよりである。

≪証拠省略≫によれば、請求原因事実のうちその余の事実はすべてこれを認めることができるから、以上の各事実によると、原告は本訴請求のとおりの小切手金債権および利息債権を取得したわけである。

二、被告の相殺の抗弁について考察するのに、被告がその主張のとおりの約束手形を所持していることは乙第一号証の記載および被告が同号証の手形を持っている事実に照して明白であり、第三裏書である古川一郎名義の訴外三井銀行に対する取立委任裏書のうち被裏書人欄の記載(取立委任の記載をも含めて)が現在抹消されていることは当事者間に争いがない。

ところで、裏書の一部である被裏書人欄の記載(取立委任の記載をも含めて)だけが抹消されている場合に裏書の連続の関係ではこれを白地式譲渡裏書とみるか、または白地式取立委任裏書とみるか、或は裏書全部が抹消されたものとみるかについては考え方が分れるところであるけれども、抹消されている部分が裏書の一部であり、かつ取立委任文言も抹消されているという外形に重きをおいて考察すれば白地式譲渡裏書とみるのが相当であると考える。

したがって、前記各裏書によれば、被告は自己にいたるまで白地式により連続したものとみられる裏書のある右手形の所持人であり、正当の権利者と推定される。

次に、右手形になされた古川一郎名義の第三裏書が実質的に原告により譲渡裏書としてなされたものであるかどうか(裏書連続の関係で形式的に観察し譲渡裏書とみられるかどうかと、裏書人の担保責任の根拠としてその裏書が実質的に譲渡裏書としてなされた裏書であるかどうかとは、本件のように取立委任裏書の一部が抹消されている場合には別個に考察しなければならない。)について考察をするのに、≪証拠省略≫によると、右古川一郎名義の第三裏書は、原告が先に自己の取引銀行である訴外三井銀行に対し取立委任の裏書をし、同銀行に右手形を交付していたがその後訴外桑原の斡旋により同人に他で割引いて貰うことにし、同銀行から右手形の返戻を受けたうえで同人に割引を依頼し、その際同人が適当な割引先を物色し、その割引先の都合により必要に応じて前記取立委任裏書の全部または一部を抹消し、或は抹消しないで手形を割引く権限を同人に付与し、その必要に備えて右裏書の要所要所に古川という印判により捨判を押捺したが裏書を抹消しないままで右手形を同人に交付したものであること、同人は右手形を第四裏書人である訴外忻昇工業株式会社で割引き、これに伴い手形を同会社に譲渡したものであることの各事実が認められ、原告本人尋問の結果のうち、この認定に反する部分はその供述自体が不自然であるうえ、右認定にそう各証拠と対比して信用できない。

右認定の事実から判断すると、原告は右手形につき、既存の取立委任裏書の記載を利用して新たな譲渡裏書をしたものとみるのが相当である。

原告は、前記裏書は取立委任裏書であって、一部の抹消によってその性質が失われるわけではないとし、また裏書の一部ことに被裏書人欄の抹消は、その裏書全部の抹消とみるべきであると主張するけれども、そのこととは別に既存の裏書の記載を利用して新たな裏書をすることは可能なことであるから、原告の右主張の当否は、右の認定に少しも妨げとはならない。そして、≪証拠省略≫および前記認定の事実によれば、原告の前記裏書は拒絶証書作成義務を免除してなされたものであること、被告主張のとおり右手形が呈示されたが支払がなかったことの各事実を認めることができるから、以上の各事実によると、被告は原告に対し被告主張の手形金債権を取得したことは明らかである。

しかして、右手形金債権と本訴請求の原告の債権とは双方が弁済期にあり、相殺適状にあるから、被告の相殺により、原告の債権は消滅したものであり、被告の抗弁は理由がある。

三、よって、原告の請求は理由がなく棄却すべきであるから、これと結論を異にする主文記載の小切手訴訟の判決を取消し、原告の請求を棄却し、民事訴訟法第八九条、第四五七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤豊治)

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